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アメリカの経済成長率は、第2次世界大戦後の最低に近かった。
インフレはアメリカの歴史のなかで最悪に近かった。 外国の投資家はドルをメキシコ・ペソ並みの通貨のように扱って、日本企業がアメリカを代表する有力企業を打ち負かし、主力産業をつぎつぎに攻略していた。
人員整理と操業短縮が重工業全体に広まった。 かつては繁栄した工業地帯が、赤錆の目立つ斜陽産業地帯になった。
石油輸出国機構(OPEC)が原油価格を十倍に引き上げ、大手石油企業の生産部門を力ずくで手に入れていった。 反戦運動があり、大学のキャンパスで戦いが繰り広げられた。

都市は犯罪が多発し、混乱状態に陥っていた。 ニューヨーク市が破産の瀬戸際に追い込まれた。
大統領が職を追われ、その直前には副大統領が収賄と腐敗を追及されて辞任している。 ベトナムではアメリカが敗北し、サイゴンの大使館に残ったアメリカ人は、屋上からヘリコプターで脱出した。
ソ連はミサイルを大幅に増強し、アフガニスタンに十万人の軍隊を派遣した。 C大統領は任期末の数か月、イランの過激派に人質にされた52人のアメリカ人の解放を求めて、身代金の交渉に専念している。
経済学者は経済状態がどの程度深刻だと感じられるかをあらわす指標すら開発している。 その指標、窮乏指数はインフレ率と失業率を合計したものであり、1980年に過去最高になっている。
不況とインフレが同時に起こることを意味する「スタグフレーション」というおぞましい新語が、政治の世界でさかんに使われるようになった。 ここまで幅広く、ここまで影響の大きい動きがあると、その原因が極端に単純化されるのが通常だ。
実際には原因はひとつではない。 いくつもの原因が重なっているのだ。
1970年代の苦境には少なくとも3つの主要な原因があった。 経営の理想の喪失、人口構成の変化、経済政策の大失敗である。
だがそのアメリカ企業が、気を緩めるようになっていた。 1901年にいくつもの合併によってUSスティールが誕生した直後ともいえる時期に、同社経営者のエルバート・Gは競合他社との間で市場分割と価格維持の協定を結ぶ努力を1910年ごろ、アメリカの大手企業がどのような顔ぶれであったのかをみてみよう。
USスティールやBS、Sダード・オイルやG、SやA、GF、AT&TやGE、WH、ACやA、D、ATといった企業が入っていた。 70年代後半にはどうだっただろうか。

GMやRCAなど、20世紀になって生まれた産業の大手がくわわってはいたが、1910年ごろとほとんど変わっていない。

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